日本人選手の欧州挑戦史 第4回|引き抜かれる日本人へ〜南野・冨安・遠藤・久保らが証明した移籍市場での新たな価値

2013年から2022年にかけて、日本人選手の欧州挑戦は新たなステージへと進化しました。第3回で描いた本田・香川・長友の世代が「複数リーグへの広がり」を実現したとすれば、この時代の特徴は「移籍市場における日本人の価値が急上昇した」ことです。

南野拓実がザルツブルクで着実に評価を高めてリバプールへ。冨安健洋がボローニャからアーセナルへ。遠藤航がシュトゥットガルトのキャプテンからリバプールへ。久保建英がレアル・マドリードの下部組織という異例の経路で欧州に根を下ろす——。この世代は「売り込む日本人」から「引き抜かれる日本人」への転換を体現した世代です。


時代の文脈〜「移籍市場の中の日本人」が変わった

ステップアップ型キャリアの確立

かつての日本人選手の欧州挑戦は、「大きなクラブへ一発勝負」か「小さなクラブで地道に」という二択に近いものでした。奥寺康彦のケルン、中田英寿のペルージャ、小野伸二のフェイエノールト——いずれも移籍先でそのまま評価を確立するスタイルです。しかしこの世代から、ベルギーやオーストリアなど「中継地点」となるリーグを経由し、実績を積んでよりビッグなクラブへと移行する「ステップアップ型」のキャリアが日本人選手の間で定着し始めます。

移籍金の変化が示す評価の上昇

移籍金の変遷を見ると、日本人選手への評価がいかに変化したかが一目瞭然です。2010年に香川真司がドルトムントへ移籍した際は35万ユーロ。しかし冨安健洋のアーセナル移籍は約2000万ユーロ、遠藤航のリバプール移籍も約2000万ユーロ——10年余りで桁が違う水準まで引き上げられました。これは単なる物価上昇ではありません。欧州のスカウトや強化担当者の間で「日本人選手はリスクが低い」という信頼が積み重なった結果です。勤勉さ、戦術理解度の高さ、チームへの適応力——これらが数字に反映されるようになったのが2010年代後半から2020年代にかけての時代です。

ベルギーリーグという「発射台」の確立

この世代でもうひとつ注目すべきは、ベルギーリーグが日本人選手の「発射台」として機能し始めたことです。冨安健洋も遠藤航もシント・トロイデンを経由して欧州キャリアをスタートしました。シント・トロイデンは日本企業(DMM)が買収したことで日本人選手に門戸を開き、多くの若手選手の欧州挑戦の入口となりました。こうした「中継地点」の存在が、欧州挑戦のリスクを下げ、より多くの日本人選手がチャレンジできる環境を作り上げました。


南野拓実〜19歳でザルツブルクへ、リバプールへの5年間の道のり

19歳でオーストリアへ

南野拓実は2015年1月、19歳でセレッソ大阪からオーストリアのレッドブル・ザルツブルクへ移籍しました。移籍金は約80万ユーロと決して高くはありませんでしたが、その選択は後に「先見の明があった」と評価されることになります。当時のザルツブルクは才能ある若手を育てて高値で売るというモデルを確立しつつあったクラブ。南野はそのシステムの中で急速に成長し、2015-16シーズン、2016-17シーズンと2シーズン連続で2桁得点を記録。オーストリア・ブンデスリーガで5連覇に貢献しました。

CLでリバプールを驚かせた瞬間

南野のキャリアを決定づけたのは、2019-20シーズンのCLグループステージ、リバプール戦でした。当時のリバプールは前シーズンのCL王者。その欧州王者を相手に南野は1ゴール1アシストという鮮烈なパフォーマンスを見せます。実はリバプールはセレッソ時代の2013年から南野を水面下で追っていたとされています。このCLでの直接対決が決め手となり、2020年1月に移籍金約850万ユーロでリバプールへの移籍が実現。ザルツブルク加入時の10倍以上という数字が、南野の5年間での成長を物語っています。

リバプールでは出場機会に恵まれない時期もありましたが、2021-22シーズンにはFAカップとリーグカップの二冠に貢献。その後モナコへ移籍し、リーグ・アンでもコンスタントにゴールを量産し続けています。

シーズンクラブリーグ出場得点
2014-15RBザルツブルクオーストリア・ブンデスリーガ143
2015-16RBザルツブルクオーストリア・ブンデスリーガ3210
2016-17RBザルツブルクオーストリア・ブンデスリーガ2111
2017-18RBザルツブルクオーストリア・ブンデスリーガ287
2018-19RBザルツブルクオーストリア・ブンデスリーガ276
2019-20RBザルツブルク→リバプールオーストリア→プレミアリーグ14→105→0
2020-21リバプール→サウサンプトンプレミアリーグ9→101→2
2021-22リバプールプレミアリーグ(イングランド)113
2022-23ASモナコリーグ・アン(フランス)181
2023-24ASモナコリーグ・アン(フランス)309
2024-25ASモナコリーグ・アン(フランス)316

※出場数・得点はリーグ戦のみ。サウサンプトンはローン移籍。


冨安健洋〜アーセナルで証明した「日本人DFの世界基準」

福岡からベルギー、イタリアへ

冨安健洋のキャリアはアビスパ福岡から始まり、2018年1月にベルギーのシント・トロイデンへ移籍します。1年目は怪我の影響でリーグ戦出場なし。しかし2年目の2018-19シーズンには27試合に出場し存在感を示し、2019年夏にセリエAのボローニャへ約12億円で移籍。センターバックと両サイドバックをこなせるユーティリティ性と対人の強さを武器に、ボローニャで2シーズンにわたり主力として活躍しました。

ボローニャ在籍中の欠場率はわずか21%という安定感を示した冨安に、トッテナム、アタランタなど複数のビッグクラブが関心を示しました。そして2021年夏の移籍市場最終日、約2000万ユーロでアーセナルへの移籍が決定します。

加入直後に月間最優秀選手受賞

アーセナル加入直後、冨安は右サイドバックの主軸として即座に定着。加入からわずか1ヶ月後の2021年9月には、クラブの月間最優秀選手賞を受賞しました。日本人選手がプレミアリーグの名門でこれほど早く認められた例は過去になく、欧州メディアは「アーセナルが発見した宝石」と報じました。しかし冨安の欧州キャリアは怪我との戦いでもあり、アーセナル加入後の欠場率は43%超に。それでもコンディションが整った試合でのパフォーマンスは常にトップクラスで、アルテタ監督からの信頼は揺らぎませんでした。2025年夏にアーセナルを退団しましたが、日本人DFが世界最高峰のリーグで戦えることを証明した功績は計り知れません。

シーズンクラブリーグ出場得点
2017-18シント・トロイデンベルギー・ファースト00
2018-19シント・トロイデンベルギー・ファースト271
2019-20ボローニャセリエA(イタリア)291
2020-21ボローニャセリエA(イタリア)312
2021-22アーセナルプレミアリーグ(イングランド)210
2022-23アーセナルプレミアリーグ(イングランド)210
2023-24アーセナルプレミアリーグ(イングランド)222
2024-25アーセナルプレミアリーグ(イングランド)10

※出場数・得点はリーグ戦のみ。


遠藤航〜「デュエル王」がリバプールのアンカーになった日

ブンデスリーガで磨いた「デュエル」

遠藤航の欧州挑戦は2018年、ベルギーのシント・トロイデンへの移籍から始まりました。1年目の2018-19シーズンは26試合2得点とリーグ戦に出場。翌年、当時ブンデスリーガ2部だったシュトゥットガルトへレンタル移籍し21試合1得点と安定した活躍でチームの1部昇格に貢献。その活躍が認められ完全移籍に切り替わると、2021-22シーズンからはキャプテンに就任しました。

シュトゥットガルトでの遠藤を象徴するデータが「デュエル勝率」です。2020-21シーズンと2021-22シーズンの2年連続でブンデスリーガのデュエル勝率1位を記録。「球際に強い」という日本人選手のイメージを超え、欧州の屈強な選手たちを相手に身体で勝ち続けるという事実が、世界中のスカウトの目を引きました。

リバプールからの「電撃オファー」

2023年夏、遠藤はリバプールから電撃的なオファーを受けます。当時のリバプールはヘンダーソンとファビーニョがサウジアラビアへ移籍し、守備的MFの補強が急務でした。シュトゥットガルトの監督は「とてつもなく重要な選手の損失」と惜しみながらも「キャプテンの生涯の夢を壊すわけにはいかない」と移籍を容認。約2000万ユーロで、30歳の遠藤はプレミアリーグ最高峰のクラブへと旅立ちました。

当初は懐疑的な声もありましたが、遠藤は徐々に信頼を勝ち取り、2023-24シーズンには7試合連続スタメンというクラブ記録も樹立。リバプールファンからは「LegENDO(レジェンド+遠藤)」と呼ばれるほどの人気を獲得しました。

シーズンクラブリーグ出場得点
2018-19シント・トロイデンベルギー・ファースト262
2019-20シュトゥットガルト2.ブンデスリーガ(ドイツ2部)211
2020-21シュトゥットガルトブンデスリーガ(ドイツ)333
2021-22シュトゥットガルトブンデスリーガ(ドイツ)334
2022-23シュトゥットガルトブンデスリーガ(ドイツ)335
2023-24リバプールプレミアリーグ(イングランド)291
2024-25リバプールプレミアリーグ(イングランド)200

※出場数・得点はリーグ戦のみ。


久保建英〜バルサ下部組織からラ・リーガの主役へ

異例のキャリア〜バルサの子からラ・リーガへ

久保建英のキャリアは、日本人選手の中でも異例中の異例です。小学生時代にFCバルセロナの下部組織に加入し、欧州の最先端の育成環境でサッカーを学びました。しかしFIFAの規定により10代での欧州挑戦が制限され、一時帰国。2019年にレアル・マドリードと契約を結び、マヨルカ(2019-20)、ビジャレアル+ヘタフェ(2020-21)、マヨルカ(2021-22)へのローン移籍を経験しながら、ラ・リーガでの経験を着実に積み重ねていきました。

そして2022-23シーズン、レアル・ソシエダへの完全移籍を機に久保は覚醒します。開幕戦からスタメン出場でゴールを決めると、9ゴール7アシストというキャリアハイを更新。チームの年間最優秀選手とベストイレブンに選出され、ラ・リーガを代表するアタッカーとしての地位を確立しました。

ラ・リーガで日本人初の月間最優秀選手

2023-24シーズン、久保はソシエダで自身初のCL出場を果たし、9月には日本人選手として初めてラ・リーガの月間最優秀選手に選出されるという歴史的な快挙を達成しました。スペインの番記者は「個人の質でチーム最高の選手」と評し、相手チームの監督たちも久保を特別にマークすることを明言するようになりました。

シーズンクラブリーグ出場得点
2019-20マヨルカラ・リーガ(スペイン)354
2020-21ビジャレアル→ヘタフェラ・リーガ(スペイン)13→180→1
2021-22マヨルカラ・リーガ(スペイン)281
2022-23レアル・ソシエダラ・リーガ(スペイン)359
2023-24レアル・ソシエダラ・リーガ(スペイン)307
2024-25レアル・ソシエダラ・リーガ(スペイン)365

※出場数・得点はリーグ戦のみ。2021-22まではレアル・マドリードからのローン移籍。


2013〜2022年が日本サッカーに残したもの

「引き抜かれる日本人」という新しい時代

この時代の最大の変化は、日本人選手が「売り込む側」から「引き抜かれる側」へと変わったことです。南野はリバプールがセレッソ時代から追い続け、冨安はアーセナルが移籍市場最終日に動いてまで獲得し、遠藤はリバプールが「遠藤が必要だった」という文脈で獲得しました。これは欧州のスカウト網に「日本人選手は投資対象として信頼できる」という認識が浸透した証拠です。

カタールW杯が変えた評価

そして2022年カタールW杯。日本はドイツとスペインという2つの元世界王者を撃破し、グループリーグを首位通過。ベスト16でクロアチアに惜敗しましたが、この大会での戦いぶりは欧州のサッカー界に強烈な印象を残しました。「日本人は戦術的にも心理的にも一流国と対等に戦える」——この認識の変化が、次の世代への大きな追い風となったのです。

選手欧州での主な舞台この時代の象徴的な実績
南野拓実オーストリア/イングランド/フランスザルツブルク5連覇貢献/リバプール移籍
冨安健洋ベルギー/イタリア/イングランドアーセナル加入即・月間MVP
遠藤航ベルギー/ドイツ/イングランドブンデスリーガ2年連続デュエル王/LegENDO
久保建英スペインラ・リーガ日本人初月間MVP/ソシエダの主役

奥寺康彦が1977年に切り開き、中田英寿が広げ、小野・俊輔が深め、本田・香川・長友が「面」にした日本人の欧州挑戦は、この世代でついに「投資対象として認められる」段階に達しました。次の第5回では、その先——カタール以降、欧州組が50人を超え、5大リーグ以外でも存在感を示すようになった「新時代」を描きます。

▶ 次回:三笘薫・鎌田大地・堂安律…「欧州組50人超」の時代、日本人選手が当たり前になった世界(第5回)