開催国は本当に儲かるのか—南アフリカ・ブラジル・ロシアの「その後」

W杯開催国ビジネスシリーズ 第2弾

第1弾では、2006年から2022年の5大会をデータで比較しました。投資規模は大会ごとに膨張し、経済効果の試算は常に楽観的でした。

第1弾はこちら(W杯開催国は本当に儲かるのか—2006年から2022年、5大会のデータで検証する)

では、大会が終わった「その後」はどうなったのでしょうか。第2弾では、2010年南アフリカ・2014年ブラジル・2018年ロシアの3大会に絞り、現地で何が起きたかを具体的に掘り下げていきます。

$39
南アフリカ2010
総投資額(約300億ランド)
$135
ブラジル2014
総投資額
$119
ロシア2018
総投資額
8/12
ブラジル2014
大会後赤字スタジアム数

南アフリカ2010—アフリカ初開催の高揚と「白い象」

2010年大会は、アフリカ大陸で初めて開催されたW杯でした。「ネルソン・マンデラの国」が世界を迎えた歴史的意義は大きく、国民の誇りという点では疑いなく成功したと言えます。

しかし経済面では、冷静な検証が必要です。

南アフリカ政府は総額約300億ランド(当時約390億ドル相当)を投じ、スタジアムの建設・改修を中心に整備しました。5か所が新設、5か所が改修されています。問題は大会後に表面化しました。

スタジアムの「その後」

ポロクワネのピーター・モカバ・スタジアムには、地元にプレミアリーグのクラブが存在しません。4万5,000席のスタジアムが、使われないまま存在し続けています。南アフリカの国内リーグで4万人以上の観客を集める試合は、2009〜10シーズンでわずか4試合でした。スタジアムの供給が、需要をはるかに超えていたのです。

ケープタウン・スタジアムはR45億(当時約6億ドル)で建設されました。大会後しばらくはアヤックス・ケープタウン(後のケープタウン・スパーズ)が本拠地として使用しましたが、安定した集客には苦しみました。近隣には旧スタジアムがすでに存在していたにもかかわらず、FIFAがテーブルマウンテンとロベン島の間に「映える」スタジアムを要求したためだとされています。

ダーバンのモーゼス・マビダ・スタジアムは2010〜15年の間、月々200万ランドの維持費がかかり続けました。2013年に自治体の管理下に移った後、その年だけで3,460万ランドの赤字を計上しています。

ポロクワネのピーター・モカバ・スタジアムには、地元にプレミアリーグのクラブが存在しません。4万5,000席のスタジアムが使われないまま存在し続けています。南アフリカの国内リーグで4万人以上の観客を集める試合は、2009〜10シーズンでわずか4試合でした。スタジアムの供給が、需要をはるかに超えていたのです。

ケープタウン・スタジアムはR45億(当時約6億ドル)で建設されました。大会後しばらくはアヤックス・ケープタウン(後のケープタウン・スパーズ)が本拠地として使用しましたが、安定した集客には苦しみました。近隣には旧スタジアムがすでに存在していたにもかかわらず、FIFAがテーブルマウンテンとロベン島の間に「映える」スタジアムを要求したためだとされています。

ダーバンのモーゼス・マビダ・スタジアムは2010〜15年の間、月々200万ランドの維持費がかかり続けました。2013年に自治体の管理下に移った後、その年だけで3,460万ランドの赤字を計上しています。

🏟️ ケープタウン・スタジアムのその後

建設費約$6億のスタジアムは現在「DHL ニューランズ・スタジアム」として命名権を売却済み。ラグビーセブンズ、コンサート、スケートクリニックなどに使われています。ただし常駐するサッカークラブは今もありません。モーゼス・マビダ・スタジアムのスカイカーは2017年から故障中で、白いアーチだけが港を見下ろしています..。

観光への影響

外国人観光客は大会期間中に約31万人が訪れ、観光業への経済効果は約4〜5億ドル超と推計されています。南アフリカの総投資額と比べると、観光収入だけでの回収は限定的なものにとどまりました。一方で、「旅行先としての南アフリカ」の認知度は大会後に9%上昇したと南アフリカ観光省は報告しています。ブランド向上効果は確実にありましたが、数字として可視化しにくい側面でもあります。

ブラジル2014—「夢の国」で起きた現実

2014年大会は当初、「サッカーの母国」でのW杯として世界中が期待しました。しかし実際は、史上最も物議を醸した大会のひとつとなりました。

総投資額は約135億ドルに膨らみました。当初2007年の見積もりでは12億ドルだったスタジアム建設費は最終的に35億ドルに達し、3倍近くに膨張しています。

12都市という過剰な分散

FIFAが最低要件とする8都市を上回り、ブラジルは12都市での開催を選びました。しかし、アマゾン奥地のマナウス、首都ブラジリア、クイアバなど、地元にトップリーグのクラブを持たない都市が複数含まれていました。

マナウスのアレーナ・アマゾニアの最終的な建設費は約2億7,000万ドル(約2億ユーロ)で、当初予算の約1.2倍に超過しました。大会終了後、テナントとなる地元クラブは4部リーグのクラブのみです。スタジアムは慢性的な赤字が続き、近年は婚礼会場としての賃貸も行っているとブラジルメディアが報じています。屋根の一部は撤去され、強烈な日差しで座席の色はほぼ失われています。

ブラジリアのエスタジオ・ナシオナル・マネ・ガリンシャは、建設費約5.5億ドルと12スタジアム中で最も高額でした。大会後は本格的な活用策が見つからず、駐車場はバスの車庫として使われました。

⚽ 「ミネイロンの惨劇」

2014年大会の準決勝でブラジルはドイツに1−7という歴史的大敗を喫しました。「ミネイロンの惨劇(O Mineirolaso)」と呼ばれるこの一夜は、スタジアムの赤字問題と並んで、ブラジル人がこの大会を振り返るときに必ず語る記憶となっています。国家的なスポーツの屈辱と経済的な後悔が重なった大会となりました。

大会後の経済

大会終了後、ブラジルは政治的混乱と景気後退に見舞われました。2016年のリオ五輪という次の「巨大イベント」も控えていたことで、投資サイクルが繰り返されています。大会後にインフラ整備が進んだリオ・デ・ジャネイロとは対照的に、多くの地方都市では約束された交通インフラ整備が未完のまま放置されました。

大会全体でブラジルを訪れた外国人観光客は約100万人でした(ブラジル政府発表)。これは大会前の予測60万人を上回る数字でしたが、彼らがもたらした消費は135億ドルという開催費用のごく一部にとどまったとされています。

ロシア2018—「PRの成功」と経済の疑問符

ロシア大会は開幕前から「テロの懸念」「人種差別問題」「政治的意図」といった批判を浴び続けました。しかし蓋を開けてみると、大会運営は円滑で、訪れた外国人観光客は「ロシア人が親切だった」と口々に語りました。欧米のメディアでさえ、その成功を認めざるを得ませんでした。

総投資額は約119億ドル。12会場のスタジアムだけで約30〜35億ドルが費やされています。

大会後のスタジアム二極化

ロシアの場合、都市規模によってスタジアムの明暗がはっきり分かれました。

活況なスタジアム(ルジニキ、スパルタク、サンクトペテルブルク、カザン)は、もともと強力な地元クラブや大規模なファン基盤を持つ都市に位置していました。大会後も安定した集客を維持しています。

厳しい状況のスタジアム(サランスク、カリーニングラード、ボルゴグラード)は、地元クラブが下部リーグで苦しむ小規模都市に立地していました。カリーニングラードのスタジアムは大会終了直後から財政難に陥り、「今後20年は黒字化の見込みがない」と地元当局者が公言しています。ボルゴグラード・アリーナでは大会直後の大雨でスタジアム周辺の堤防が崩落し、付近の道路が泥で塞がれました。

🏚️ 2018年の「成功」とその後

ロシア大会は国際的なPRとしては成功しました。しかし2022年のウクライナ侵攻後、ロシアはFIFA・UEFAの双方から国際大会への参加を禁止されました。サンクトペテルブルクは2024年欧州選手権の開催地に予定されていましたが、ウクライナ侵攻後に権利を剥奪されることに。W杯で培ったインフラと信頼ですが、政治的リスクによって一夜にして無効化されうることを示す結果となりました。

観光と「イメージ変革」効果

大会期間中、開催都市全体で約290万人の外国人観光客が訪れました(OSW Centre for Eastern Studies)。
「ロシアは危険な国だ」というイメージは、大会を通じて確実に和らぎました。政治研究者たちは、これをプーチン政権にとっての最大の成果と位置づけています。しかし2022年のウクライナ侵攻により、ロシアはFIFA・UEFA双方から国際大会への参加を禁止される事態となりました。

3大会を比較する

大会 総投資額 スタジアム数 観光客数 スタジアム大会後
🇿🇦 南アフリカ2010 約$33億当初比約10倍に膨張 10か所5新設 5改修 約31万人観光消費 約$1.96億 複数が白い象化維持費が自治体を圧迫
🇧🇷 ブラジル2014 約$135億スタジアムだけで$35億 12か所FIFAの最低要件は8 約400万人開催費の2.5%程度を回収 12中8が赤字マナウス・ブラジリア等が深刻
🇷🇺 ロシア2018 約$119億スタジアム $42億 12か所11都市に分散 約57万人追加消費推計 $25〜40億 大都市は活況地方都市は補助金依存


スタジアム 建設費 大会後の状況
🇿🇦 南アフリカ ケープタウン・スタジアム 約$6億 命名権売却・コンサート等に転用ケープタウン・シティFC等が入居も安定集客に苦闘
🇿🇦 南アフリカ モーゼス・マビダ(ダーバン) 約$4億 観光施設として転用スカイカーは2017年以降故障中
🇿🇦 南アフリカ ピーター・モカバ(ポロクワネ) 約$1.6億 地元にトップリーグクラブなし活用策模索中
🇧🇷 ブラジル マネ・ガリンシャ(ブラジリア) 約$5.5億 バスの車庫として活用W杯最高額スタジアムの末路
🇧🇷 ブラジル アレーナ・アマゾニア(マナウス) 約$2.7億(€2億) 婚礼会場などに転用屋根撤去・座席の退色が進む
🇷🇺 ロシア ルジニキ(モスクワ) 改修 約$4億 ロシア代表ホームとして活況✅ 成功例
🇷🇺 ロシア モルドヴィア・アリーナ(サランスク) 約$3億 後継クラブが2022年に解散補助金なしでは維持困難
🇷🇺 ロシア ボルゴグラード・アリーナ 約$2.7億 大会直後の大雨で周辺堤防が崩落付近道路が泥で閉塞

「白い象」問題の構造

3大会に共通するパターンがあります。

  • 1
    FIFAの要求が先にある

    スタジアムの規模・仕様はFIFAが定め、開催国はそれに従うしかない。「映える会場」を求めるFIFAの要求が、開催国の実情を無視した過剰投資を招く構造になっている。

  • 2
    大会後の需要を無視した設計

    スタジアム収容人数と開催都市の実際の観客動員力が乖離する。南アフリカの国内リーグで年間4万人超を集める試合はわずか4試合——にもかかわらず、4万5,000席以上のスタジアムが複数建設された。

  • 3
    地方都市ほどリスクが高い

    ベルリン、モスクワ、リオのような大都市なら、コンサートや別スポーツへの転用も容易だ。しかしマナウス(アマゾン奥地)やサランスク(人口30万人)のような都市では、スタジアムを活かせるイベント自体が存在しない。

  • 4
    インフラ整備は「選択的」に進む

    空港やホテルはある程度活用されるが、地元住民の日常に関わる交通・医療・教育への投資は後回しになりやすい。ブラジルでは大会後も多くの都市で交通インフラ整備が未完のまま放置された。

まとめ

南アフリカ・ブラジル・ロシアの3大会を振り返ると、「儲かった」という単純な結論は出せません。アフリカへのサッカー普及、ブラジルの国際的認知度向上、ロシアのイメージ改善など、数字化できない効果は確かにありました。しかし投資に見合うリターンを経済的に示すことは、いずれの国も達成できていません。

第3弾では、唯一の「成功例」とも評されるカタール2022を検証します。カタールはなぜ特殊なのか。
そして2026年の北中米大会は何をもたらすのか。

3大会の共通点 -「儲かる」より「見せる」大会

南アフリカ・ブラジル・ロシアはいずれも、経済的リターンより「国際舞台への登場」という目的においてW杯を開催したといえます。インフラ整備や観光促進の効果はありましたが、スタジアムへの過剰投資が長期的な財政負担を生み出した点は共通しています。次回・第3弾では、唯一の「成功例」とも評されるカタール2022を検証します。カタール大会はなぜ「特殊」なのでしょうか..

森智之
この記事を書いた人
森 智之
データ好きのサッカーファン
欧州サッカーの歴代データを眺めるのが趣味のサッカーファン。本業は食品輸出とファイナンシャルプランナー。毎年ヨーロッパへ現地観戦に行くほどのサッカー好き。数字の裏にある物語を探しながら、FootballWayを運営しています。