日本人選手の欧州挑戦史 第5回|欧州組100人超の時代〜カタールの衝撃が生んだ「当たり前」の景色

2022年11月。カタールワールドカップのグループリーグ、日本対ドイツ。前半に先制を許した日本は後半に2ゴールを奪い逆転勝利。続くスペイン戦でも逆転勝ちを収め、グループリーグ首位で通過しました。

この大会での戦いぶりは、欧州のサッカー界に強烈な印象を残しました。「日本は本物だ」——そう確信した欧州のクラブが動き始め、日本人選手の移籍市場における価値はさらに急上昇します。2024-25シーズン、欧州5大リーグ(プレミアリーグ・ブンデスリーガ・ラ・リーガ・セリエA・リーグ・アン)だけで32人の日本人選手が在籍しました。さらにイングランド2部・3部、ドイツ2部・3部、ポルトガル、スコットランド、ベルギー、オランダ、オーストリアなど欧州各国のリーグを含めると、その数は100人を超えるとも言われています。奥寺康彦がただひとり欧州でプレーしていた1977年から、約半世紀でここまで来たのです。


時代の特徴〜「欧州組100人超」が意味すること

量の変化が質の変化を生む

2024-25シーズンのプレミアリーグには三笘薫、遠藤航、冨安健洋、鎌田大地、菅原由勢の5人が同時に在籍しました。ブンデスリーガには伊藤洋輝(バイエルン)、堂安律(フライブルク)、板倉滉(ボルシアMG)など8人。ラ・リーガには久保建英。ポルトガルには守田英正(スポルティング)。スコットランドのセルティックには古橋亨梧、旗手怜央、前田大然の3人が同時在籍していました。

かつて「日本人だから」という枕詞があった時代は終わりました。この世代の選手たちは「日本人として」ではなく「選手として」評価され、契約されています。

CBとアンカーに日本人が定着した時代

前の世代から内田篤人、長友佑都、吉田麻也、酒井宏樹らサイドバックやCBは欧州でプレーしていました。しかしこの時代に特筆すべきは、センターバック(冨安健洋、板倉滉、町田浩樹)とアンカー・守備的MF(遠藤航、守田英正、田中碧)という、最もフィジカルと戦術眼が求められるポジションで日本人選手が欧州トップリーグに同時複数在籍するようになったことです。これはかつての世代では見られなかった光景です。

5大リーグを超えた広がり

欧州挑戦の「間口」も驚くほど広がりました。2024-25シーズンの欧州における日本人選手の分布を見ると、その多様さに驚かされます。

ポルトガルには守田英正(スポルティング)、スコットランドのセルティックには古橋亨梧・旗手怜央・前田大然の3人が同時在籍。ベルギーのシント・トロイデンには常時複数の日本人選手が所属し、欧州挑戦の「入口」として機能し続けています。さらにオランダ、オーストリア、フランス2部など、かつては日本人選手の姿がほとんどなかったリーグにも次々と選手が渡っています。

特に注目すべきはイングランドです。プレミアリーグ(1部)だけでなく、チャンピオンシップ(2部)にも坂元達裕(コベントリー)、大橋祐紀(ブラックバーン)ら複数の日本人選手が在籍。さらに3部(EFLリーグ1)には岩田智輝(バーミンガム)が名を連ねています。田中碧はリーズでチャンピオンシップ優勝・年間MVPを獲得し、2025-26シーズンにはプレミアリーグでプレーするまでに至りました。ドイツも同様で、ブンデスリーガに複数在籍する一方、2部にも日本人選手が所属しています。

J2から直接欧州の下部リーグへ渡りステップアップするキャリアも珍しくなくなりました。欧州挑戦はもはや「一部のスター選手のもの」ではなくなったのです。


三笘薫〜プレミアリーグに旋風を巻き起こした「ミトマ」

三笘薫は2021年8月に川崎フロンターレからブライトンへ完全移籍しますが、加入初年度はベルギーのユニオン・サン・ジロワーズへローン移籍。27試合7ゴールという圧巻の成績を残し、翌2022-23シーズンからブライトンに合流します。加入初年度から左ウイングの主力として33試合7ゴール6アシストを記録し、ブライトン史上初のヨーロッパリーグ出場権獲得に大きく貢献しました。

そして三笘の名を世界中に知らしめたのが、2022年カタールW杯のスペイン戦での「1ミリ」です。ゴールラインギリギリでボールをキープし折り返したクロスが田中碧のゴールにつながり、VARの判定で「ボールがラインを1ミリ割っていなかった」と確認されたシーンは世界中で話題となり、「三笘の1ミリ」として語り継がれています。2024-25シーズンにはプレミアリーグで日本人選手として史上初の二桁ゴールを達成し、ブライトンの年間最優秀ゴール賞も2年連続で受賞しました。


鎌田大地〜フランクフルトのEL優勝から3大リーグ制覇へ

鎌田大地はシント・トロイデンへのローンを経てフランクフルトに復帰し、チームの中核として頭角を現していきました。2021-22シーズン、グラスナー監督率いるフランクフルトはUEFAヨーロッパリーグを制覇。鎌田は準決勝までに5得点1アシストという活躍を見せ、42年ぶりの欧州タイトル獲得の立役者となりました。

「ピッチ上でここまで賢い選手に出会ったことは滅多にない。ダイチは危険なスペースがどこに出来るかを予測する能力が極めて優れている」
— オリヴァー・グラスナー(元フランクフルト監督)

2023年にラツィオへ移籍し、2024年には恩師グラスナー監督を追ってクリスタル・パレスへ。2024-25シーズンにはFAカップ優勝という栄冠を手にしました。ブンデスリーガ、セリエA、プレミアリーグという3大リーグでプレーし、ヨーロッパリーグとFAカップという2つのタイトルを獲得した稀有なキャリアを持つ選手です。


堂安律〜フライブルクで輝いた「カタールの英雄」

堂安律はフローニンゲン(オランダ)、PSVアイントホーフェン(オランダ)、ビーレフェルト(ドイツ)、そして再びPSVに復帰を経て、2022年にフライブルクへ完全移籍。2023-24シーズンにリーグ戦7ゴール、2024-25シーズンには10ゴールを記録し、ブンデスリーガで確固たる地位を築きました。カタールW杯のドイツ戦での同点ゴールはまさに象徴的な瞬間として記憶されていますが、クラブレベルでも安定した得点力を示し続けています。


この時代を彩った選手たち

守田英正〜スポルティングで欧州の舞台へ

守田英正はサンタ・クララ(ポルトガル)を経て2022年にスポルティングCPへ移籍。ポルトガルの強豪でレギュラーとして定着し、リーグ優勝に貢献。CLの舞台でも存在感を示す中盤の要として評価を高めています。

伊藤洋輝〜バイエルンへの衝撃移籍

伊藤洋輝はシュトゥットガルトでの活躍が評価され、2024年夏に欧州最強クラブのひとつ、バイエルン・ミュンヘンへ移籍。日本人選手がバイエルンに加入したのは史上初であり、欧州における日本人選手の評価がついにここまで到達したことを象徴する出来事となりました。

古橋亨梧・旗手怜央・前田大然〜セルティックで輝いた三銃士

スコットランドのセルティックには3人の日本人選手が同時在籍し、中村俊輔がレジェンドとなったクラブで新たな歴史を刻みました。古橋亨梧はリーグ得点王に輝き、旗手怜央は中盤でダイナミックなボックス・トゥ・ボックスのプレーでサポーターを魅了。前田大然は爆発的なスピードで相手守備陣を脅かし続けました。

中村敬斗〜リーグ・アン日本人初の二桁ゴール

中村敬斗はLASKリンツ(オーストリア)でのキャリアハイ31試合14得点を経て、2023年にフランスのスタッド・ランスへ完全移籍。2024-25シーズンにはリーグ・アンで日本人選手初の二桁得点(32試合11得点)を達成しました。チームは残念ながら2部降格となりましたが、中村個人の評価は高く、上位クラブからの関心が集まっています。

菅原由勢〜AZで磨き、プレミアへ

菅原由勢はオランダのAZアルクマールで約5年にわたり高いレベルでプレーし、右サイドバックとしての評価を確立。2024年夏にサウサンプトンへ移籍しプレミアリーグに挑戦しましたが、チームの降格もあり2025年夏にブレーメン(ドイツ)へ期限付き移籍。欧州での経験をさらに積み重ねています。


2022年以降が示す「新しい日本サッカーの姿」

1977年から2025年へ——積み重ねの果てに

欧州でプレーする日本人が100人を超えた現在、改めてこの半世紀を振り返ると、それぞれの時代にそれぞれの選手が「これは日本人にもできる」という証拠を積み重ねてきたことがわかります。

奥寺康彦がケルンで戦い、中田英寿がセリエAを席巻し、中村俊輔がセルティックのレジェンドとなり、本田・香川・長友が「面」を作り、南野・冨安・遠藤・久保が「引き抜かれる日本人」を確立し——そして今、三笘薫がプレミアリーグで日本人初の二桁ゴールを決め、伊藤洋輝がバイエルンでプレーしています。

かつて「日本人だから特別だ」と言われた時代は終わりました。今は「この選手だから必要だ」と言われる時代です。それがこの世代が達成した、最も大きな変化かもしれません。

そして2026年ワールドカップを前に、日本代表はかつてないほど欧州経験豊富なメンバーで北中米の地に挑みます。1977年から積み重ねてきたすべての挑戦が、この大会に結実しようとしています。